バイトは特別大変というわけでもないですが、
7時間くらいなにかやってたらそれは多少疲れるわけでして
帰りに電車の中で音楽など聴いてますが疲れてると
歌モノしか聴けなかったりします。
ウィーザーのリヴァースのデモ音源集とか最近は聴いております。

歌モノ以外のものは音圧が高くなかったり、
音数が詰まってないので聴きにくいというのもありますが
かといってノイズ系もあんまり聴けない・・。

自分の例を全体の例のように考えるのはちょっと違いますが、
バイトでさえこうなのだから仕事している人は尚更なのではと思います。

新しいものだったり難しそうなものを聴く余裕がないというか・・、
てっとり早いものを聴きたいというか。
この場合の手っ取り早く何を聴きたいのかというと、う~んこちら側から入っていかなくても
向こうから来てくれるようなもの、か?
そういったものが悪いと言う話ではなくそういうもののほうが圧倒的に音楽と呼ばれるものの
割合の中で多い。なのでこちら側から興味を持たないと楽しむのが難しいものが
音楽のなかにもあるということを知らない人は結構多い気がします。

それはさておき
個人的な経験としてはライブを見たりすると何もしなくても座って聴いてるだけでも
かなり疲れたりします。また空腹時に聴きにくいと大体イライラしながら聴くことになるので
なるべく事前に軽食をとらないとちゃんと聴けなかったりします。

そういうのがそれぞれの気合でなんとかなればいいのですが、
もちろん一度だけなら全然問題ないでしょうが、
定期的にライブをみたいという場合はどうなっていくのだろうかと。

えぇと結局何が言いたいかと言えばある種の
難解に思われてしまいがちな音楽にはもしかしたら
その音楽を高めるために練習したり作曲を熟考したりすることよりも
社会の改善を求めたほうが良い場合もあるのではないかと思ったりしています。
もちろんそのような音楽をやられている方が集客なり販売なりで
収益を増やしていくことを望まれるならということですが・・。

とはいえ社会を変えるって・・もはや話がでかすぎて
何が何やら・・。そもそも私含めそういう人は大体ひねくれてるので
とってもめんどくさいというか・・・やりたくないのですが・・。

この先何か思いつけばよいのですが、特に何も思いつかないわけでして・・。
アルバイトでなくしっかりとした職業について音楽もやっているという立場だったら
また違うのかもしれませんが。

話は少し変わりますが社会関係ということで
大友良英さんの8月15日のオーケストラFUKUSHIMA!は素晴らしかったなと思っています。
イベント自体についてはちょっと簡単においそれと触れてよいのかわからないぐらい難しい問題なのであくまで音楽面の話ですが。

演奏自体はUST中継で観たのですが、
自分が以前参加させて頂いたダブル・オーケストラなどに近いルールがあるような演奏でした。
100人ぐらい、もしくはそれ以上の人数のプロ・アマ問わずの演奏者たちを
簡単なルールで大友さんが指揮していくという演奏でしたが、
100人以上も演奏者がいたら自分としてはそれでコード(和音)を
形成してみたいと考えるのですが大友さんの場合は
手を振り下ろした瞬間に音をボン!とださせ、音程は演奏者それぞれが決めているというものでした。

当然皆が好きな音程を勝手にだすわけですから発音のタイミングはあっていても
和音としては非常にめちゃくちゃな不協和なものになる。
またUSTする側としては100人以上のフォルテッシモががんがんくるわけで
それに加えて独りだけのソロ演奏になったりするので(その独りの演奏にほかの100人の音がのっかったりする)
音量調整がとても難しい。

聴こえてくる音程もグチャグチャで音量もメーターを振り切っているような過入力状態で
(きっと普通のレコーディングの考えではアウトなものなのだろう)
しかしそれがどうも原初的な響きというか野蛮な音がしていいなぁと思ってしまった。
それぞれ演奏者にも色々思うこと考えることがあって来ていて演奏していて
それがそのまま音に表れているような。
それが怒りを表すように聴こえるわけでもなくカオスには聴こえるかもしれないが
完全なカオス状態でもなく、なぜか昔テレビで放映していた劇場で収録しているコメディ番組に
ついている生オーケストラの演奏に似た響きも聞こえてコミカルにも聴こえてくる。

何か一つの特定の感情を表したようなものではなく、
様々な感情が入り混じった状態に聴こえ、それがなんとなく野蛮に、コミカルに聴こえてくるというのは悪いことではないという気がする。


今回のオーケストラFUKUSHIMA!やダブルオーケストラ、音遊びの会などで
プロではない、一般の方も多く参加しておりトータルで一体何百人になるのだろうか
(もちろん重複して参加の方もおられると思います)
とにかく百人ぐらいの人が集まって何かすると言うことは、
この事がなければ絶対に出会わなかったような人もいるだろうし
そういう人達が演奏面白いなと思ったりして影響しあったりしていって
何かしていったりということがあるかもしれない。
それは別に音楽に限った話だけではなく。
100人ぐらい大友さんでも把握できないところで色々なことが起きているかもしれないし。
演奏を介して100人そこらが出会ってしまうのは非常にダイナミックなことである。
知らず知らずのうちに色んなことに種を蒔いているというか。

21世紀には膨大な人をはさんだ芸術とかが多くなる、という気もしております。
それはインターネットの発展で人を集めやすくなったというのもあると思いますし、
集合知という考えが強くなってるのだと思います。

世界中の人と直接会わずにファイルのやりとりで音楽を完成させるとか、セッションするというのはもうあると思いますし、
こう1000人集めて伝言ゲームするとかでも全然面白いですね。
人が増えるだけでグンと意味が違ってくると言うか。

ここ50年でのオリコンチャートのヒット曲のテンポを同じにして
メロディもハ長調に統一して全部同時再生するとなんだかあるメロディーが浮かび上がったり
してこないかしら、とか。

極端に多い人数によってギリギリ混沌ではない混沌や、
極度に平均化されたもの、人間存在の根源的なものを浮かび上がらせるとか
そういったものが出てくるんじゃないでしょうか。シンクロニシティーとかもあるだろうし。


しかし日本全体で集合知と考えると何だか今の状況は
実は皆無意識で死にたがっているようにも思えたりして怖い。
日本人の意識や英知を集めたらそこにはアポトーシスが浮かび上がったなんてことがあったら・・。

全然違う話を書くつもりが最終的に怪談のような展開に・・。
SFの読みすぎか・・。イーガン以外あんまり読んでないですが。
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by eugene_photo | 2011-12-15 20:55 | 雑記


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